低血糖を甘く見るな!無自覚症状で対処の遅れから重症化 家族体験記①

アラフィフ美容女子の皆様、こんにちは!
糖尿病遺伝体質のミティコです。

実母が重い糖尿病を患っています。
顔も体質もそっくりの私は
若い頃から糖尿病発症を
誰よりも恐れてきました。

しかしし好というものは
なかなか変えられない・・。

とにかく甘いものが大好きで
仕事のストレスも相まって
カバンの中にはチョコや飴は
かならず常備。

食事を簡単に菓子パンで
済ますこともしょっちゅう。

発症を恐れている割には
矛盾した食生活をしていました。

2017年に実母が低血糖で
救急搬送。

やっとわが身を見直す
きっかけを得たのです。

アラフィフに忍び寄る成人病!
しっかり予防してあと30年は楽しまなきゃ♪

低血糖発作で救急搬送!
繰り返す発作への慣れが原因

低血糖症状とは気づかず

母も私も毎日仕事が忙しく
近くに住んでいながら
顔を合わせるのは
3か月に1回程度。

でも母が倒れる数日前から
前触れを感じていたのか
虫の知らせなのか
2日続けて実家を
訪ねたのです。

倒れる前日に訪れた時は
母は入浴中で
お風呂のドア越しに
明日病院に行くのに
付きそうよ!と話して
実家を後に。

次の日いつもなら
迎えの時間になったら
外に出て待つ母の
姿がない。

あれ?

玄関をあけて名前を呼んでも
返事がない。

靴はある。

どういうこと?

リビングに入ってみたら!
母が白目むいて
床に横たわってました。

うーうー。
あーあー。

意識がほとんどない。

驚いて110番。

心臓病でかかっている
大きい病院に救急搬送されました。

診断は低血糖

この世のものではない目つき。
忘れられません。

完全に焦点があっておらず
目が濁っていて。

その状態が3日3晩続き
もしかしたら回復しないかも
しれないと通告されました。

焦点が戻らないのです。

脳は糖で動いています。
その糖が完全に遮断されて
一体どれくらい経っていたのか。

その遮断された時間で
脳症の可能性が高まるそうです。

母は答えられないので
いつどうやって倒れたのか
何時間経過しているのか、
全く不明です。

経過を見守るしか
方法がありませんでした。

低血糖発作を繰り返していた

倒れる以前1年の間
2回ほど母の会社から
電話がかかってきていました。

1度目は会社の忘年会の
会場にむかうバスの中で
意識を失ったので
近くの病院に担ぎ込んだというもの。

2つ隣の町まで夜遅く
迎えに行きました。

2度目は会社にいる時。
急に昏睡しだしたと電話。
バッグにあるぶどう糖を
飲ませてもらうようお願いして
迎えに行きました。

その時は病院へ着く前に
意識が戻りました。

低血糖になる前に
前触れがあるだろう!
なぜそうなる前に
飴なりコーラなり
口にしないのか?

どんなに説教しても
自覚がないのか
改まらない。

低血糖は繰り返すことで
くせになり、
本人の自覚がないまま
倒れてしまうように
なるのだそう。

今までは幸か不幸か
倒れた時に人がいましたが
今回は誰もいなかった。
たまたま私が発見した
というわけです。

低血糖発作から脳症か?
初期症状の見逃しから始まった

低血糖からの低血糖脳症かも

三日三晩どころか1週間たっても
回復しません。

寝てばかりいます。

低血糖なら血糖値を正常化すればいい。
正常化すれば元に戻るはず。

戻らない.

リハビリをすることにより
病状が軽減することもあるし
時間が薬でよくなっていく
かもしれない。

予後を観察していくしか
ありませんと
主治医に通告されました。

低血糖脳症・・。

目の前が真っ暗になりました。
これからどうしよう。

低血糖の初期症状を見逃してしまった

最近指の先がいつもしびれていると
少し前に言っていました。

年取ると皆そうなるんじゃ?と
たいして気に留めず。

すべてが後ろ手で💧
初期症状を訴えていたのに。

大部屋に移ってから
少しづつ話せるようになってきました。

でもろれつが回っていない。

忘れていることも多く
前とは違うと分かります。

車いすがないと歩けません。
左の足首がまったく
上がらなくなっており
ダラーんとしています。

低血糖の発作で
歩けなくなるなんてこと
ある?

不思議でしかたなかったけれども
現実なのでそうはいっていられません。

救急病院なので本格的な
リハビリをするために
転院することに。

不安なままリハビリ専門の
病院へとうつりました。

低血糖発作より前に
認知症だった?症状に心当たりないが・・

低血糖発作が先か認知症が先か

リハビリのために転院しましたが
なぜかこちらがヤンヤン言わなければ
リハビリを全くしてもらえず。

1か月ほど放置に近かったので
その間に認知が進んだのではないかと
感じました。

ただただテレビを眺めるだけ。

主治医が発作より先に
軽く認知症だったのではないか?

人間は割と頑丈にできてるから
そう簡単に低血糖で倒れたりしない。

飲んだのに忘れて
また飲んでしまったら
血糖値が下がりすぎるし。

その当時はインシュリンを
自己注射していたので
打つのを忘れていたのではないか。

そういうのです。

認知症はまったく
頭になかったのですが
1つ思い当たる節がありました。

倒れる1か月前に
運転免許証を
返上させていたのです。

運転免許証を返上させたわけ

そのころ私の携帯に
見知らぬ番号から
よく着信がありました。

知らない番号は無視。

ある日妹から聞いた?と電話。
母が事故をしたらしい。

車を修理に出しているというので
追及したら事故をしたという。

歩行者に軽く当たっただけだから
心配いらない。

警察が警察署に来るようにと
言っていたけど行くわけないなどと
言っていたらしい。

どういうこと?

ほおっておいて大丈夫かな?
ちょっと尋常じゃないと
感じたのでHPで所管の
警察署の番号を調べると・・。

あ!!私に最近幾度となく
着信があるあの番号と一緒だ!!

なんと再三に渡って
警察署から電話が
かかってきていたのでした。

驚いて折り返し警察署へ出頭。

私が何かしたわけではないので
丁重に会議室に案内して
いただきました。

3人の交通警察官。

なぜ3人?

お母さんは1日に2回
事故をしてます。

え!?2回?

3人だったのはそのうち1人が
2回とも現場にいたからでした。

いずれも左側の歩行者に
接触しています。

左の目が見えにくく
なっているのでしょう。

そういえば糖尿病のせいで
視野が狭くなったと
言っていた気がする。

どれだけ真剣に
話を聞いていないのでしょう。

その時母の向こう10年間の
事故歴の箇条書きを
見せられました。

10年間で約20回
事故を起こしています。

はぁ?

おそらく警察に届けずにおさめた
こともあるかもしれないので
20回以上と予想されます。

たまげた。

これ以上運転させると
死人が出ることになるかも
知れません。

そんなことになっては
遅いので早急に
免許を返上するよう
家族が説得してください。

そういうことか。

母は保険のおばさんなので
運転できないとなると
即刻退職です。

仕事は母のアイデンティティー。
仕事命で仕事が楽しみでもある。

とてもとても悩みました。

しかし高齢者の大きな事故を
ニュースで見聞きするだけに
これは見逃すわけにはいかない。

返上させるのに約2か月
かかりました。

最後はひこずるようにして
警察署まで行き
返上させました。

免許を失い、仕事も失った・・。
相当な気落ちだったはず。

その矢先の3回目の
低血糖の発作だったのです。

低血糖の症状と数値がよくなり
速攻退院を余儀なくされる

ようやくヨタヨタながら
歩けるようになったと思ったら
早く退院しろという。

え?まだ完全に回復してないのに?

妹が介護施設に勤めているので
デイサービス先は難なく決まりましたが
やれ、手すりをつけろ
やれ、電動ベッドを入れろ
やれ、段差をなくした写真を提出しろと
退院を急かされてる感半端ない。

今思えばたいして必要のないものも
介護保険を使って
レンタルさせられた気がする。

その時は何も分からなかったから
言われるがままだったけど
なんだかなぁ、納得いかない。

1人暮らしできるのだろうかと
不安しかなかった。

それならどちらかが
引き取ればよいではないかと
言われるでしょうが
それが一番難しい💨

母はとにかく荒い性格で
人のことはこきおろさないと
気が済まない。

そんなもんだから
両方のダンナと不仲なので
とにかく無理だったんです。

ありがたいことに主治医も
驚くほどの奇跡的な回復力で
ちゃんと生活できています。

3度の服薬は欠かせないので
デイサービスと訪問で
飲み忘れがないよう
気を付けています。

最初は嫌がっていたデイサービスも
今では友達も出来て
君臨しています。

それもそれでいろいろ
問題があるのですが
まぁ元気な証拠ってことで💧

お世話してくださる方には
ご迷惑をおかけしておりますが。

ほてり・イライラ更年期かも?
少しでも症状を軽くして楽しいアラフィフライフを♪

低血糖の予防は数値改善から。
症状が出てからでは遅し!まとめ

なんとか生活できるようになり
胸をなでおろしております。

まだまだ先は分かりませんが
この小康状態が細く長く
続いてくれるのを願うのみです。

先日実家の大掃除をしたときに
面白いものを見つけました!

母がアラフィフだった頃の
人間ドックの結果💡

そりゃーもうすんごい数値なんだわ!

よくもまぁこの数値で
危機感もなく改善もせず
生きてこれたな!!と
母に言ったら
だっておいしいものがいっぱい
食べたかったんだもん‼だって💧

マジか!?

呆れて物も言えない💨

母のアラフィフ時代はバブル全盛期。
しかも保険屋ならかなり
バブルの恩恵を受けていたはず。

酒池肉林だったか(笑)

とにかく外食三昧、
リーダーだったので
部下を連れておごり三昧だったそうで
自分の武勇伝を散々語ってましたが。

そういうことだけはクリアに
覚えてるのね💨

年食ってからこのざまって
うらやましくもなんともないけどね。

私らも育ててもらい大学にも
行かせてもらいましたから
悪くもいえませんがね。

もっと自分の体、
大切にしてほしかったな。

今更ですけど。

ともあれこの数値すごいので
私の数値も合わせて
次回解説します。

続編を乞うご期待🔥

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